客を待たせてはいけないがために、洗い場で繋がれたたまま、
じっと立っている1頭の馬。
自分の合図に全く反応しない馬に、悔しくて腹を立てた私。
サングラスをかけているから調子にのっているというスキンヘッドの文句。
歩様がよくない馬、「そういう馬だから」と2階から声をかける上司。
「驚いているだけだから」と馬歴長い女性が、私にあきれた顔を向ける。驚いて暴れていては客が大変だから、その馬を叱らないといけないと、真面目な顔を向ける、馬歴長い青年。
客を待たせてはいけないがために、洗い場で繋がれたたまま、
じっと立っている1頭の馬。
客が、馬から落ちて骨折し、反省文を書く私。
「15年やっていても、今分かったことがある」という女は、少し掠れた声で、潤いを含んだ言葉を、投げかける。歩いている馬に乗っているだけなのに、汗だくになる、目から鱗のような彼女の教え。
他の人と同じことをして、私にだけ強く怒る上司。
ひきこもり気味だった彼女は、仕事以外で楽しさを見出した、と私への感謝の手紙。
生理前のイライラを客に向けて、怒らせる、私。
おケツちゃん、と呼ばれても、笑顔で挨拶をする、私。
客を待たせてはいけないがために、洗い場で繋がれたたまま、
じっと立っている1頭の馬。
いつでも味方だと伝えてくれる友人。その言葉は、どの人にも使っているのだと知ったときの、幻滅。
人に気を遣いすぎなくていいよと、優しい言葉をかける彼。
その彼が殴打したのは、周りを見ないで仕事をする人にむけて。
いつも目を細くして笑う上司が、休憩室で肩を落とす。
客を待たせてはいけないがために、洗い場で繋がれたたまま、
じっと立っている1頭の馬。
女たちの雑音。
自分もその女たちの中に入っているという不快感。
「いつかこうなると思ってた」と横目で泣いている私に冷たくつぶやく彼女。
言い負かしたいだけのために、使われる哀れな言葉たち。
お前は勘違いされやすいけど、面白いやつやと、目じりに皺をよせる上司。
客を待たせてはいけないがために、洗い場で繋がれたたまま、
ぽつんと立っている1頭の馬。
人と比べてプライドを保つ人たち。
比べられた人は、それを感じ取って、うまく弱者になる。
破壊的な共感。
破れる写真。
破れる恐怖。
客を待たせてはいけないがために、洗い場で繋がれたたまま、
ぽつんと立っている1頭の馬。
その馬に彼は近づき、優しく語りかける。
語る声を横目でみる。
彼はわたしの腹にきつく締められたままの帯と鞍を優しいタッチで外す。
彼の穏やかな目は、わたしを見ない。
彼は深呼吸をする。
わたしも、つられて、息を深く吸い、吐き出す。
「どうして」
わたしの胸から言葉が湧き上がる。
その瞬間、彼の柔らかい空気の中に、わたしはいた。
心を撫でられる。
私は、私をみて、少し微笑んだ。
私が馬にはまった理由は、
ホースマンシップを教えてくれた持田さんの「なんでって考えないと」と言ってくれた言葉と、
できている、できていない、をシンプルに言い続けてくれた牧場の社長のおかげだと思っています。
そして、答えてくれる馬たち。
大学時代に言われてきたクリティカルに物事をみなさい、という言葉と、かなりリンクしました。社会人なってしばらくしたら、大学院で研究するのもいいなと思っていたわたしは、ほぼ同じことを馬でできると思ったのです。考えること、そして身体を自分の感覚に従って動かすこと、それを馬でできるんだなと、今改めて理解できます。